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羽子板と歌舞伎 其の一

羽子板と歌舞伎の縁は江戸の頃から始まりました。
今でも多くの羽子板の絵の題目になっています。

本朝二十四孝「八重垣姫」

武田家の一子勝頼に切腹の命が下った。しかしこの勝頼は偽者で、死んだのは蓑作という若者であった。  勝頼は蓑作となり長尾家に住み込んだ。 そこには勝頼の許婚、兼信の息女「八重垣姫」がいた。「八重垣姫」は蓑作(勝頼)に恋をし、勝頼と知り、兼信に殺されようとする勝頼を諏訪神明の法性の兜を身に付け、使姫の狐に助けられ、勝頼に急を知らせる。九代目団十郎は、自分の襟足の美しさと後姿をみせるために今の演出を工夫したとのこと。 団十郎の八重垣姫はその後ろ姿がとても美しかったといわれています。

羽根の禿(かむろ)

正月の廓、花魁のそばで用をたす少女(禿)。廓の正月に羽根つきをして遊ぶ禿。長唄の舞踊で十数分の短いものです。六代目菊五郎のあどけない「禿」が有名である。
菊五郎は自分を小さく見せるために、道具を大きく作り、大男を後見に選んだという。そこに可愛い小さな「禿」が誕生した。

絵本太功記

武智光秀か小田春長を討ち、久吉(秀吉)と対する。光秀の息子十次郎は許婚初菊と結婚し戦場へと向かう。光秀は誤って母皐月を殺め、瀕死の息子十次郎も敗れた。
そこに佐藤正清(清正)と久吉が現れ、光秀を見逃す。
前段は十次郎と初菊の悲しい別れ。後段は光秀か母を刺し、十次郎と母に責められ、大泣き 後段の中心は十次郎の物語。二度目の出に兜を持って出る。

藤娘

藤の枝をかついだ一人の娘が黒い笠をかぶり、近江八景を語り松づくしを踊り、恋を語る。
大津絵の「藤かつぎ姫」から抜けた娘で夕暮れとともに姿を消す。
初演は文政九年、4代目杵屋六三郎が作曲した。

三番叟

歌舞伎の三番叟は能の「翁」からきています。歌舞伎はその狂言の「三番叟」の部分を中心に主役として取り上げています。江戸時代には、正月や劇場の開場など祝儀にだけ上演されていました。
能の翁は、シテが翁、ツレが千歳、狂言が三番叟となっており、歌舞伎でも翁と千歳による翁の舞、千歳の舞い、翁が面をつけ「国家安泰」「国土平穏」を祈り、三番叟か五穀豊穣を祈る。

江戸の華(め組の喧嘩)

正月、品川宿島崎楼で取的が隣座敷の障子を踏み破り、その座敷にいた「め組の辰五郎」の子分藤松と取的の親方そして辰五郎との間で起きた喧嘩の話。
火事と喧嘩は江戸の華、鳶と相撲の喧嘩はその両方がもとになっているだけにその威勢のよさが窺い知れる。文化2年芝で起きた実際の喧嘩を劇化したもの。

助六(助六由縁江戸桜)

歌舞伎十八番の一、曾我五郎時致は宝刀友切丸を探しに「助六」という侠客になり、吉原に入り込み、花魁「揚巻」の情夫となった。そこに揚巻のもとに通っていた意休という客がおり、意休が友切丸を盗んだ伊賀平内挫左衛門と判り、意休を殺し友切丸を持って吉原を抜け出す。江戸時代の遊郭の風俗習慣、花魁との駆け引き、侠客や喧嘩といった江戸時代の華やかな文化の一面をもとに二時間をこえる一場の芝居。
京都での万屋助六と遊女あげ巻の心中を大阪が劇化、それを借りて江戸の狂言が出来た。

勧進帳

源義経は藤原秀衡をたよつて奥州へ落ちのびようとし、富樫佐衛門が守る安宅の関へさしかかる。富樫に義経と見破られ、弁慶は義経を打ち据える。弁慶の忠義の心を見た富樫は、義経一行を通過させる。歌舞伎十八番の一、三人の男の人情劇と義経びいきの日本人の心を打つ。
能の安宅をもとに、七代目団十郎が企画した。勧進帳をよみ富樫との山伏問答や義経を打つ場面、弁慶の「延年の舞」、そして最後に弁慶が六法での引っ込みなど多くの見せ場があります。

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